SDMの概念
4. SDMの現状と課題
SDMは医療者・患者(受診者)の両者がかかわる医療の形成に欠かせないものの、一方でその実践には両者ともに問題点を抱えている。また、SDMを推進する背景となる社会的・文化的課題の他にも、医療を提供する体制や教育・啓発についても検討していく必要がある。
1)患者(受診者)
SDMには、患者(受診者)の理解を深め、意思決定プロセスの責任の一端を担うことについての自覚を持ってもらう必要がある1)。SDMを必要とする人々はむしろ社会的弱者であり、複雑な専門知識をなかなか理解しにくい。しかし、SDMに参加する患者(受診者)は教育レベルが高く、若年者であることが指摘されている2)。SDMに興味を持ったとしても専門知識やリスクの概念だけではなく計算力や理解が乏しいゆえにSDMの参画を躊躇する場合もある。実際に専門知識を持つ医療者と話し合うきっかけをつくることも容易ではない。この解決策として、SDMのきっかけを作るということから、3つの質問から始める「Ask 3 Questions」3)が提案されている。また、複雑で膨大な専門知識をより分かりやすく伝える工夫が必要となる。しかし、最近のレビューでは、知識の改善のみがSDMを推進するのではなく、患者(受診者)がSDMに参加する意欲、自分の知識への信頼、SDMに参加することによる自己達成感等の活力の必要性が強調されている4)。
2)医療者
プライマリケア医を主として対象としたSDMの調査では、臨床的な問題や意思決定に関する議論は71%で行われていたが、医療の利益・不利益、患者(受診者)の役割、不確実性についてはほとんど議論されておらず、患者(受診者)の理解度にはほとんど関心がなかった。こうした背景には、医療者にとって多忙な勤務で十分な時間のない中でのSDMが負担となっていることも影響している4,5)。しかし、患者(受診者)とより身近で接触する機会の多い職種(具体的には看護師)がよりSDMの必要性を認識しているとする報告もある6)。テーマ分析を主体とした本研究では、医療者にとってSDMの意識を高めること、医療の新たな体制の整備、DAの活用、SDMを推進するリーダーシップが重要であるとしている。英国NHSのSDMガイダンスで、医療者の教育とともにSDMを牽引していくSDM Championsの存在の重要性が指摘されている7)。
また、SDMの経済的インセンティブや優先順位による段階的実施などの検討も行われている。しかし、これらの問題以外にも医療者自身が必ずしもSDMについて理解していないことや教育機会がなかったことなども障害となることが報告されている8)。
3)体制
SDMはケアの一環として位置づけられ、医療者がSDMを適切に対応できるような体制を求めている。英国でのSDMは法的な裏付けのもと、診断・治療の過程に組み込まれ、個人への対応、SDM支援体制、教育支援、公共的サービスによる包括的な支援が行われ推進されている7)。多くの医療者は必ずしもこうしたトレーニングの必要性を認識していないが、SDMのトレーニングを受けた医療者が中心となり意識変革を進めることも重要であるとしている。
European Commission による精度管理ガイドラインでは、患者(受診者)とのコミュニケーションをとり、正しい情報を伝え検診参加についての選択(Informed Choice)を推進することを提言している9)。2021年の更新版においても、乳がん検診は患者(受診者)中心主義の方針のもとに、SDMを推進することが推奨されている10)(表 4)。さらに、コミュニケーションや患者(受診者)にとって必要な情報や価値観に配慮しながら、情報提供を求めている。そのために、医療者へのコミュニケーションスキル、SDM、正しい情報提供の方法などのトレーニング、さらには検診対象者のモニタリングを行い、患者団体メンバーも含み、その結果を評価することを必要条件として提示している。
表 4. European Commissionによる乳がん検診患者(受診者)への情報提供の条件
大項目 | No | 条 件 |
---|---|---|
Patient relevance | 1 | 検診提供チームのメンバーはコミュニケーションスキルやSDMのトレーニングを受ける |
2 | トレーニングには患者(受診者)の適切な情報提供を行うためのスキルの研修を含む | |
3 | 定期的に患者(受診者)の経験や満足度についての調査を行う | |
4 | 調査結果に基づく改善をする | |
5 | 対象者とのコミュニケーションや調査について患者団体の評価を受ける | |
Patient information | 1 | リーフレットや患者(受診者)情報は地域実情に対応させる |
2 | 情報提供ツールはわかりやすく、診断、治療、追跡、有害事象の情報を含む | |
3 | 情報提供ツールは地域の支援団体、診療が受けられるか、セルフマネジメントの情報を含む | |
4 | 情報提供ツールはタイムリーに作成し、作成日/更新日を記載する | |
5 | 情報提供ツールはアクセスしやすいようにする | |
6 | 情報提供ツールの作成には患者(受診者)を参画させる |
Patient relevance | |
---|---|
No | 条 件 |
1 | 検診提供チームのメンバーはコミュニケーションスキルやSDMのトレーニングを受ける |
2 | トレーニングには患者(受診者)の適切な情報提供を行うためのスキルの研修を含む |
3 | 定期的に患者(受診者)の経験や満足度についての調査を行う |
4 | 調査結果に基づく改善をする |
5 | 対象者とのコミュニケーションや調査について患者団体の評価を受ける |
Patient information | |
No | 条 件 |
1 | リーフレットや患者(受診者)情報は地域実情に対応させる |
2 | 情報提供ツールはわかりやすく、診断、治療、追跡、有害事象の情報を含む |
3 | 情報提供ツールは地域の支援団体、診療が受けられるか、セルフマネジメントの情報を含む |
4 | 情報提供ツールはタイムリーに作成し、作成日/更新日を記載する |
5 | 情報提供ツールはアクセスしやすいようにする |
6 | 情報提供ツールの作成には患者(受診者)を参画させる |
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- Deber RB, Kraetschmer N, Irvine J. What role do patients wish to play in treatment decision making? Arch Intern Med. 1996;156(13):1414-20.
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- Joseph-Williams N, Elwyn G, Edwards A. Knowledge is not power for patients: a systematic review and thematic synthesis of patient-reported barriers and facilitators to shared decision making. Patient Educ Couns. 2014;94(3):291-309.
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